Mailmag column1118|無用の宝。
更新日:21.11.18
この時期、山々が色づき、この辺りの山々のほとんどは紅葉をするのだな、と毎年思うことになります。去年は徳佐のあたりを、日が暮れる頃に国道を走るとすごく感動した覚えがあります。今年はどんないいスポットを見つけられるだろう。楽しみです。
紅葉と言えば、葉が枯れること。
ということは、そのほとんどは枯れて地に落ちます。
ぼくらの糧の敷地内にもすごくたくさんの落ち葉が落ちて、その掃除が大変で、大変なこと。いつも掃除をしてくださる皆さんには頭が上がらないです。
昨年はそんなことを思っていたのですが、今年の感覚はちょっと違う。
「こんなに豊作なの・・!?」
と思うようになりました。
いまや進んで掃除をしたい、時間があったら落ち葉を収穫したい、と。
落ち葉はたくさん拾っておいて貯めておくといい堆肥になる。そうすると来年堆肥をホームセンターで買わなくて良くなる。そんなことを呪文のように唱えながら、作業をしています。
そんな姿をスタッフのみんなが糧のキッチンから覗いていたらしく笑っていました。
ぼくもその笑っている感じに笑っちゃって、なんだか面白かった。
(キッチンメンバーの目線、たぶんこんな風に思ってるだろう)
→落ち葉は掃除が大変なもの、だれかが掃除してくれるもの。
そんなふうに思っていると他人事だし、なんで頑張って楽しそうに掃除をしているか分からなくて可笑しかったんだろうなって思います。けど、
(ぼくの目線)
→落ち葉を来年の堆肥にして、キッチンガーデンで豊作を目指したいし、そのキッチンガーデンがおしゃれで可愛かったら、キッチンメンバーも楽しく働いてくれるんじゃないか?何植えようかな、たのしみだな。あ、落ち葉ひろったら湿って滞ってた空気が気持ち良くなった。此処の場所って以外と最高な場所なんじゃない?もっといろんな活用方法あるんじゃ・・。
キッチンメンバーの目線は去年の自分の目線だったなと思う。
今年はパーマカルチャーを学べて本当によかったな。身近にいろいろな資源がちゃんと宝物に見えるようになったし、その宝物は太陽と水と大地がつくってくれたギフトなんだって気づける。
そうやって自分が生かされているのを感じられ、身の回りの自然と繋がって生きているのだなと思える目線になれると結構幸せ。
「無用の用」っていうことばがある。
一見、役に立たないと思われるものが、実は非常に大切な役割を果たすこと。
そういう意味だそうだ。
結構身の回りで、無用だなぁ、、と思うもの、あるかもしれない。放っておいてるかもしれない。
けど、いや、そんなことないよ、最低3つはギフト持ってるから!
と今になって僕は伝えたいと思っている。